幸せの法則失敗も成功だ

失敗も成功のうちこれでいいのだ!

よしも悪しも好奇心

タナトスの欲望

人のアンビバレント(相反する感情を同時に持ったり、相反する態度を同時に示すこと)な気持ちや考えがあるゆえに、挑戦したり、開拓したり、発明したり、進化したりできるのではないでしょうか?

 

相反する感じと思考

陰陽

裏表

…………

生と死

心のオクに隠されてる好奇心の変形した表現

(社会的には適合しにくい)こと

*若い人の自殺が増え続ける傾向があります。

*子供を虐待死させる親が目立っています。

*真性の引きこもりで全く社会と遮断してしまっている8050問題

*人をあやめて、自分の死を成就させる事件が

続いています

 

人には、生きたい本能と同時に

死にたい衝動(タナトス)、相反するものとして、内在しているのではないでしょうか?

 

生きることを選択し続ける為には、死の衝動を

抑圧しなければならない。

無意識下の中では、生も死も同じ欲として存在している。

生きること同時に死にも快感を感じるような、脳には大脳皮質は、システムがあるのでは?

 

人間以外の動物達は、感情や思考で命を絶つこはない。

 

種の保存の為、飢餓  捕食により生命を絶つ場合がある。

本能的な選択な場合のみではないでしょうか?

 

人間の発達あるいは進化が死の扉を開けやすくするきっかけになっているのでは?

あるいは、文明が進化することで、テクノロジーの進化と反比例するように、生とは真逆の欲望が発動するのでは?

逆説的に人間が超高齢化になればなるほど、

生に執着すればするほど、死の扉が開くという

アンビバレントな仕組みになっているのでは?

 

もしくは、潜在意識の中では生も死も区別のないことなのか?

死の衝動など高度な妄想かもしれない。

発達した脳の悪い冗談かもしない。

 

私のリビドーを探ると、タナトスの欲望などない!!とは、言い切れない、曖昧さがある。 

(こ .わ .い)

 

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リビドーlibidoは、

日常的には性的欲望または性衝動(sex drive)と同義に用いられる。世間一般的には、リビドーという言葉は押さえきれない性的欲求のようなものを指して使われる。特に男性の荒々しい露骨な性的欲求を表現する言葉としてしばしば使われ、また時には男性の性的欲望を軽蔑する意味合いの言葉としても使われる。

これはジークムント・フロイトが「性的衝動を発動させる力」とする解釈を当時心理学で使用されていた用語Libidoにあてたことを継承したものである。

一方で、カール・グスタフユングは、すべての本能のエネルギーのことをLibidoとした。

対義語はデストルドーと誤認されることもあるが、これはフロイト晩年の『快楽原則の彼岸』における「タナトス死の欲動)」(独: Todestrieb)の言い換えであって、正確な対義語ではない。フロイト自身はしばしば性的欲動の対義語として、死の欲動または攻撃欲動という言葉を使っている。

ただし、1920年以前においては、リビドーは対象に向けられる欲動を指しており、その正反対の力として自我欲動を想定していたようである。これは「愛と飢え」という、古来からいわれる詩人の言葉によってしばしば表される。

(ウィキペディアより抜粋)

 

最後まで、読んでいただきありがとうございます。